八木澤慶太さんはラフティング日本代表として4度世界チャンピオンとなり、今なお挑戦を続ける(vol.1)

2021.09.27

三好人

現役選手としてラフティングに関わり続ける「八木澤慶太」とは

徳島県を流れる吉野川は日本有数のラフティングの適地であり、シーズンには多くの人がラフティングを楽しみに大歩危・小歩危に訪れる。これまでラフティングのアジア選手権、世界選手権が開催されてきた徳島県三好市で、仕事として、現役選手として関わり続ける八木澤慶太さんが、ラフティングと共に歩んできたこれまでと、これからを3回に渡り紹介する。

2017年10月、吉野川上流の大歩危・小歩危地区でラフティング世界選手権が開催された。地元女子チームのザ・リバーフェイスが総合優勝を果たし、大いに盛り上がったのが記憶に新しい。八木澤さんは、仲間でアマチュアのチームを作りその大会のマスターズ部門(40歳以上)に参加、「6人制マスターズ部門」において全種目1位の完全優勝を達成した。現在は、徳島県三好市の(一社)地球のテーマパークに所属し、三好市の池田湖を中心とした吉野川おいて、主にウォータースポーツを使ったアクティビティやイベントを通し、池田湖の魅力を地元市民や県内県外多くの人に知ってもらい、楽しんでもらえるよう取り組むとともに、「ラフティングチーム・テイケイ」に所属し競技ラフティングを続けている。

Vol.1では、八木澤慶太さんの学生時代~オーストラリアでのリバーガイド時代を紹介する。

栃木県で生まれた八木澤さんは、小学生時代は野球に、中学、高校、大学ではサッカーに熱中するというスポーツとともにある学生時代を過ごす。大学時代には、卒業後は海外へ行くことを目標にアルバイトに精を出し、ある日「オーストラリアに渡ってラフティングをしよう!」と決意する。

大学卒業後の1996年7月22歳の時、オーストラリアでラフティングのガイド(リバーガイド)になろうと渡豪する。

1997年2月にリバーガイドのトレーニングを現地のラフティング会社RnRで始める。当初は「ワーキングホリデービザ」での渡豪だったので、1年間しかオーストラリアに滞在することは出来なかったが、23歳の時、正式にリバーガイドとして採用されビジネスビザを申請しオーストラリアで引き続き生活できることとなる。「リバーガイドになる!」という目標を達成したのである。2009年の6月まで、延べ12年にわたってRnR社で働き、主にBarron川(グレード3)、Tully川(グレード4)、North Johnstone川(グレード5)にてプロのガイドやセイフティーカヤッカーとして従事する。

「自分の好きなラフティングをして、さらに給料がもらえるということが私にとっては、ものすごく幸せなことに思えた。」と当時のことを自身のブログで語っている。

 

日本人唯一のトリップリーダーへ

また、「ラフティングの本場、オーストラリアのケアンズという場所で、誰からも一目置かれるようなガイド、誰もが認める実力を持ったガイドになりたい!」という目標を持って取り組み、2000年、当時としては日本人唯一のトリップリーダーとなり、その後、RnR社のガイド最高位レベル7まで昇格するとともに、同社にて、プロガイドを養成する為のトレーニングコースのインストラクターとしても活躍する。オーストラリアでの通算トリップ数、約3000トリップを経験する。

オーストラリアでは、日本人という「外国人」であったが、目標に向かって努力することで周りから高く評価されるようになっていくのである。

ラフティング競技も始め、永住権取得後にはラフティング世界大会のオーストラリア代表チームに選ばれる。次回では、ラフティング競技への取り組みを紹介する。

 

八木澤慶太

Facebook:https://www.facebook.com/keita.yagisawa

一般社団法人地球のテーマパーク

URL:https://www.themepark-earth.com/

ラフティング道(八木澤慶太さんブログ)

URL:https://keitayagisawa.com/

 

(文:白うさぎ)

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