【ママの履歴書|2軒目】 根来美枝子さん・徳島県三好市『ゆいまーる・美ら(ちゅら)』vol.1

【ママの履歴書|2軒目】 根来美枝子さん・徳島県三好市『ゆいまーる・美ら(ちゅら)』vol.1

日が暮れゆく街なかで、逆に灯がともり始めるのがスナックの看板だ。人口比で数えると、池田町は日本でも有数のスナックタウンであるとか。スナックが立ち並ぶ光景には、かつて、JT(日本たばこ産業株式会社)の工場があり、多くの酔客であふれていた街の隆盛を思い起こされる。

数多ある池田町のスナックには、それぞれに個性があり、それぞれに魅力的なママがいる。今回から、ハイボール片手に聞いた話を中心に、ママの履歴書なるものを書いていきたい。

沖縄の太陽のような明るさがそこにありました。

「これ、おいしいのよ、食べて。沖縄から送ってもらったの」と言いながら、あまり見かけないお菓子を持ってソファに座ったのが、ママの根来美枝子(ねごろ・みえこ)さん。沖縄県うるま市のご出身。店名の「美ら(ちゅら)」も、沖縄の言葉で「美しい」「きれい」という意味だ。

歴史に詳しい方ならピンときたと思うが、今の苗字は結婚後のもの。和歌山県に多い名前である。本名をうかがったら、中村渠と書くという。

まったく、読めなかった。これで、「ナカンダカリ」と読む。沖縄でも数少ないという。

というわけで、本記事では、普段名乗っている根来さんでゆくことにする。根来さんが故郷の沖縄を離れ、本州へ来た頃は、パスポートが必要だった。沖縄がアメリカの統治下にあったころの話だ。若い人には信じられないだろう。

そこまでして、なぜ、わざわざ徳島県のはずれである三好市まで嫁いできたのだろうか?
「いい男がいたのよね(笑)」と根来さんは、朗らかに言い飛ばした!
「でも、今でも思うけど、この池田に来てよかったわ。この街の人たちの人柄というか、人間性というか。とても気持ちがいいから」とも言う。

同じように、県外から嫁いできた女性も多かったようで、当時は「県外から来たお嫁さんの会」という集まりがあったという。沖縄のほか、青森や名古屋など、20名ほど。月に1度集まっては、飲んで食べて、おしゃべりに花を咲かせていたそう。それがストレス解消になっていたのかもしれない。

とはいえ、故郷は恋しいもの。根来さんも、例年は1年に5~6回は、沖縄へ帰っていた。しかし、2020年はコロナウィルスの影響によって、2月以降は一度も帰れていないとか。その反面、コロナ禍にあっても店を閉めることはせず、感染対策を施した上で営業を続けてきた。客数こそ減ったものの、訪れるお客が絶えることはなかったという。

コロナ禍における恐怖感や閉塞感。そうしたものに囲まれる中で、『ゆいまーる・美ら』の根来ママがもたらす明るさは、大きな救いになったことだろう。沖縄の県民性によるものか、パーソナリティによるものか、いずれにせよ、その大らかさ、明るさ、楽しさは、コロナのせいで暗く沈みがちな気持ちを引き上げてくれる。

『ゆいまーる・美ら』には、太陽のようなママがいる。その明るさに惹かれて、今夜もお客が戸を開く。

ゆいまーる・美ら
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(文/大掛達也)