《夢を持ちながら暮らす》ラフティングチーム THE RIVER FACE(ザ・リバーフェイス)キャプテン 板 華子さん 

《夢を持ちながら暮らす》ラフティングチーム THE RIVER FACE(ザ・リバーフェイス)キャプテン 板 華子さん 

『私は何もない普通の女子だから、私を通してラフティングや川や世界を身近に感じてもらいたい。』そんな想いと希望を持ち、吉野川に活動拠点を置く女子ラフティングチーム【リバーフェイス】に2013年より加入した板 華子さん。

彼女とラフティングの出会いは、地元鳥取大学に在学中に探検部の活動を通してだった。大自然の中でのスリル、ダイナミックな動きの中での体と心の解放。

そんなラフティングの魅力に取りつかれ、大学卒業後は徳島県三好市へ移住し、ソーシャルワーカーとして働きつつ、世界一を目指すリバーフェイスの活動との両立の暮らしをスタートさせる。

「チームに入って1〜2年くらいはあまり記憶が無いくらい、日々目の前のことにいっぱいいっぱいでした。仕事でたくさんの方々と出会い、その方たちお一人お一人の生活に寄りそう中で、一緒にその方らしい暮らしを考えていくことはラフティングの競技生活にも共通する点があり、学びや励みになることも多くありました。そして、どんなに苦しい時でも周りに一生懸命走り続けているチームのメンバーがいたことは、私を鼓舞してくれていたと思います。」

そんな奮闘した毎日を送る中、ザ・リバーフェイスへの加入から5年後、四国吉野川で開催された世界大会で念願の世界一を獲得したと同時に、レースラフティング競技の引退を決める。

その当時の心境を板さんはこう語る。

『引退した当時は「楽しい」より圧倒的に「苦しい」が大きくなってしまっていました。「こうしたい」よりも「こうあるべき」を優先し過ぎて、気持ちの面で消耗してしまいラフティングが好きかどうかもわからない状態でした。』

引退後も三好市に住み続け、「ただ楽しんだらいいのだ。」と楽しく漕ぐ時間を過ごした。通信制の専門学校にも通い、資格を増やしスキルアップを目指す傍ら、時間が出来て出掛けても、結局は川に行っていた。

競技からもチームからも離れて過ごす中、後輩である鳥取大学の監督として指導に当たる機会があり、またその後には後輩たちにお願いされて再びレースラフティングに関わることがあった。

「良くも悪くも久々に心がすごく動いている自分に気付きました。それだけ自分の中でレースラフティングが大きな存在なのだと思いました。そして、チームを離れて楽しく漕ぐことを思い出した今の自分なら、もう一度目標に向かって頑張って行くことが出来るのではないかと一度想像すると、実際にもう一度やらずにはいられませんでした。また地元の方や多くの方々に応援されていることにも気づき、それが復帰を決める大きな原動力となりました。」

2019年6月、レースラフティング競技への復帰を決める。今度はかつて所属していた「ザ・リバーフェイス」のキャプテンとして復帰することとなった。

且つて、自分が移住をして希望を持ち、チームに加入したように、同じような想いを持つ新たなメンバーも加わり、キャプテンとしてチームを引っ張る日々を送っている。

『自分たちが誇れるチームを作りたい』

『漕力つけて気持ち良くボートを進めたい』

『もうちょっと先へを地道に繰り返して世界選手権で一番をとりたい』

『健やかに元気に競技生活を楽しみたい』

世界一を目標にしているメンバーだからこそ意見や思いが合わないことがあるが、彼女自身キャプテンとしてやりたいことははっきりしている。

最後に、板さんにザ・リバーフェイスのチームの魅力を伺った。

「メンバーそれぞれが三好市で仕事をして、ラフティングするという生活をしています。大変なこともありますが、この暮らし方は吉野川と言う素晴らしい川があり、この暮らしを理解して応援してくださる方々が居るからこそ出来ていることだと思っています。私達チームの魅力は、チームのみんなが《夢を持ってここで暮らしている》ということだと思います。」

三好市へ来て8年目。

彼女の持つ、純粋でまっすぐな夢を応援したい。

 

ザ・リバーフェイスキャプテン板華子さん

2007年に結成され、吉野川に活動拠点を置く女子ラフティングチーム「ザ・リバーフェイス」。

IRFラフティング世界選手権大会では、2013年ニュージーランド4位、2014年ブラジル2位、2015年インドネシア3位、2016年UAE(アラブ首長国連邦)3位、2017年四国吉野川での優勝と、不動の強さを持つこのチームに、2013年より加入。

 

(取材・文/ 中橋啓太)