見どころ|ソラとジオ ❶(大歩危・小歩危周辺)


ジオサイト 三好市の大地の成り立ちを感じられる場所

チャネル構造堆積物

Scene I-3

川の河口から海底まで土砂が運ばれる時、周りにたまっているものをかき混ぜながらより深い海の底へ運ばれます。このサイトでは、海底深くへ土砂が流れ込む時にできた泥と土砂のかき混ぜの構造を観ることができます。

三名の含レキ片岩サイト

Scene I-4

こんな風にお餅みたいに伸びてしまったのは、十数kmもの地下深くで圧力を受けたからです。これらの石は、もともと陸地から削り取られて海の底にたまったレキ。その後、地下深くに運ばれ、お餅のようにのびてしまいました。

❸❹❺ 大歩危小歩危の背斜構造サイト

Scene II-1

下敷きを曲げると下敷きはたわみます。大歩危には、地層がまるで下敷きを曲げたように大きく凸にたわんでいる様子を観ることができます。地層のたわみは大きすぎるので、3つのポイント(遊覧船乗り場、堂床、westwest)の3つのポイントに行くと観ることができます。

獅子岩サイト

Scene II-2

大歩危の遊覧船に乗船すると獅子岩と呼ばれる岩が見られます。獅子岩のあご部分を見てみると、まるでヒゲのように突起が出ている部分があります。これは川の流れによって削られてできたもので、吉野川の侵食と土地の隆起によってできました。

岩石段丘&ポットホールサイト

Scene II-3

大歩危・小歩危の岸辺には階段のような岩場があり、岩の割れ目によって作り出されたものです。この岩場ができるためには、岩の硬さが重要です。大歩危・小歩危付近では、砂質片岩という硬い石から作られているため、階段のようなたいな岩場が作られるのです。

微褶曲群と石英岩脈サイト

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岩の中のたくさんの白い筋は石英と呼ばれる白い石からできた“脈”です。地下深くで強い圧力を受けた時に、ミネラルを含む水が岩の割れ目に入り込んでできたもので、大歩危よりも小歩危側でたくさん見つけることができます。

❾❿ 平・有瀬の地すべり地形サイト

Scene II-13 Scene II-14

三好の山間部の傾斜地には集落が点在しています。これらの地は、昔地すべりが起こって緩やかになった場所です。一方で大歩危付近の吉野川沿いは、急峻すぎるため、傾斜地集落がありません。

野鹿池サイト

Scene II-18

野鹿池山(1,294m)の頂上付近には池(湿地)があり、シャクナゲの群生地として知られています。この池は、三嶺や天狗塚にある池と同様で、山頂付近で崩落が起きたことによって作られた凹部が池になったものです。

エコサイト 三好市の大地と係わりのある生態系が観られる場所

塩塚高原サイト

Scene VI-E-2

山城町の西方にある塩塚峰(1,043m)には、面積40haにも及ぶ高原が広がっています。ここは、広大なススキ草原であり、野焼きによって草地が維持されてきました。草原での希少植物(例:モリアザミ、オミナエシ)などが蔓延っています。

大歩危小歩危の渓流沿い植物サイト

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頻繁に増水する吉野川の渓流には、水の流れに耐え抜くために葉が細くなったり、小型化した植物を観ることができます。これらは、渓流沿い植物と呼ばれ、急峻な地形やその環境に耐え抜く様子を岸辺で観ることができます。

野鹿池と野鹿池北側の広葉樹群落サイト

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野鹿池付近の稜線部には、広葉樹群落があり、カツラ、サワグルミ、シオジ、アサガラなどの樹木が生育しています。

鮎戸瀬サイト

Scene VI-E-10

吉野川の中で最も高低差のある瀬。遡上してきた鮎にとって最も難所の地。「鮎をとめるほどの瀬」であることから、鮎戸瀬(あどのせ)と呼ばれています。上流に遡上しようとする鮎が集まります。

カルチュラルサイト 三好市の大地と係わりのある歴史文化が観られる場所

鶏足山サイト

Scene VI-C-13

鶏足山は安楽寺の行場であり、垂直に切り立った岩場には登山用の鎖があります。鶏足山の中腹には古宮嶽があり、古宮神社には、後醍醐天皇の第一皇子尊良親王を追ってきた伽羅歌姫の終焉の地としての伝説があります。

藤川谷の妖怪伝承サイト

Scene VI-C-14

山城町の藤川谷沿いには数多くの妖怪伝承が川の淵や街道、急峻な地形の場所にあります。その理由は、子どもたちが急峻で危険な場所に近づかないようにするための山間部で暮らす知恵と工夫たまものです。

銅山川沿いの狸話サイト

Scene VI-C-15

山城町の銅山川周辺には、「青木藤太郎」や「おたね狸」などの狸伝説がたくさんあります。急峻な地形で暮らす中で、不可解なことや事故などがあった時に「たぬきのせい」にすることで地域のコミュニティーの維持をはかりました。

ぜんまい畑サイト

Scene VI-C-16

日陰の傾斜地で育つ作物として知られているぜんまい。山城町は、「栽培ぜんまいの発祥の地」として知られており、上名、津屋、粟山地区などの比較的標高の高い地域で多く栽培されています。5月前後になると、農家の家々ではぜんまいを湯がいて干す光景が見られます。

❺❻ 有瀬・吾橋の茶畑サイト

Scene VI-C-17

有瀬地区、吾橋地区、大歩危小歩危の吉野川沿いなどは、茶栽培が盛んです。その理由は、「八合霧」と呼ばれる霧の発生や吉野川からの谷風が影響しているためです。

五所神社の大スギサイト

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西祖谷山村吾橋にある五所神社は、標高800m以上の地にあり、そこには幹回りが9。6m、樹高が35mにもなる大スギが生育しています。この大スギは県の天然記念物として指定されています。

徳善家住宅サイト

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近世の東西祖谷山を治めた祖谷八屋敷の一つで、地すべりがもたらした緩やかな土地に建てられており、大規模な木造入母屋造茅葺き平屋建て(現在は覆鉄板)が特徴です。敷地には、青石を重ね合わせて作られた伏墓があります。

徳善集落サイト(平地造成:ヤマト)

Scene VI-C-27

傾斜地で暮らすために、平坦な土地を確保するための工夫があります。緩斜面をカットして土を押し出して平地が作られるヤマトという独自の土地の造成方法で、徳善集落では特にその構造を見ることができます。

各サイトの見方

ジオサイト

Scene I
四国山地(北側)の素ができるまで(海底でたまり、地下で圧力を受ける時代)

Scene II
地下から地表に現れる時代

Scene III
讃岐山脈の素ができる時代(海盆の時代)

Scene IV
讃岐山脈が盛り上がり始めた時代

Scene V
吉野川沿いに平野が作られる時代

エコサイト

Scene VI-E
大地と共存しながら生きぬく時代(生態系)

カルチュラルサイト

Scene VI-C
大地と共存しながら生きぬく時代(歴史文化)